東京地方裁判所 昭和40年(行ウ)96号 判決 1966年10月05日
原告 有限会社北都開発
被告 厚生大臣・山形県知事
訴訟代理人 小林定人 外四名
主文
本件訴えをいずれも却下する。
訴訟費用は、原告の負担とする。
事実
第一当事者の申立て
一 原告
1 被告厚生大臣との関係において
「被告厚生大臣が、原告に対し、昭和三九年一二月二一日付でなした審査請求を却下する、との裁決を取り消す。訴訟費用は、被告厚生大臣の負担とする。」との判決を求める。
2 被告山形県知事との関係において
「被告山形県知事が、原告に対し、昭和三九年七月一日付でなした戒告を取り消す。訴訟費用は、被告山形県知事の負担とする。」との判決を求める。
二 被告厚生大臣
1 本案前の申立て
「原告の被告厚生大臣に対する訴えを却下する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求める。
2 本案に対する申立て
「原告の被告厚生大臣に対する請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求める。
三 被告山形県知事
1 本案前の申立て
「原告の被告山形県知事に対する訴えを却下する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求める。
2 本案に対する申立て
「原告の被告山形県知事に対する請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求める。
第二原告の主張
(請求の原因)
一 原告は、昭和三九年六月頃、蔵王国定公園内刈田岳附近に「お釜リフト」と称するリフトを建設し、その附属施設としてリフトの起点(山麓)から西北方二〇・五メートルの位置に木造建築物一九、八三四七平方米(六坪)二棟および終点(山上)から東方八・三メートルの位置に木造建築物四九、五八六七平方米(一五坪)一棟を設置したところ、被告山形県知事は、同年六月一八日付で、右各建物が山形県上山市大字永野字蔵王山国有林第三九林班内に設置されており。自然公園法一八条三項の規定に違反していることを理由として同法二一条の規定により原告に対し同年六月三〇日までにこれを撤去するよう命じたが、原告が右撤去命令に従わなかつたため、同年七月一日付文書をもつて行政代執行法三条一項の規定により、同年七月七日までに原告が右撤去義務を履行しないときは、同被告において代執行をなすべき旨を戒告(以下「本件戒告」という。)した。
二 しかしながら、本件戒告は、つぎの事由により違法である。
1 前記各建物は、いずれも原告の経営する甲種特殊索道(リフト)の附属施設であり、リフト基点から西北方二〇・五メートルの位置にある木造建築物九、八三四七平方米(六坪)二棟は従業員宿舎および倉庫として、また、リフト終点から東方八・三メートルの位置にある木造建築物四九、五八六七平方米(一五坪)一棟は避難所兼売店としてそれぞれ使用してきたものである。ところで、右各建物の所在していた地域は昭和三八年八月八日国定公園に指定されるまでは県立公園に指定され、山形県自然公園条例(昭和三三年七月一一日山形県条例二九号)により右県立公園の普通区域内に知事の定める基準をこえる規模の工作物を新築しようとするときは届出を要する(同条例一三条)、との規制を受けていたので、原告は、右条例に基づき昭和三八年一月二五日、山形県知事職務代行者板垣清一郎あてに原告が建設を計画した前記リフトとその附属施設である各建物の適式な新築届を提出し、右届出は受理された。そして、その後間もなく原告は、リフトの建設に着手し、昭和三九年六月頃、前記各建物の完成と時を同じくしてその完成をみたものである。かくのごとく、原告は前記各建物の新築について適法な手続を経て、蔵王国定公園指定の当時すでにその建設工事に着手していたのであるから、自然公園法一八条三項に違反するものではない。したがつて被告山形県知事がその後国定公園に指定されたことを理由に前記各建物の撤去を命じたのは違法である。
2 右リフトとほぼ併行して訴外山形交通株式会社が同じくリフト架設を計画したため、原告と同訴外会社とは事実上競争関係にあつた。同訴外会社は県内の運輸交通を独占し、テレビ、放送、新聞等各種の事業にも関係し、その資本力により県政を左右する実力を有しているため、山形県当局は右訴外会社の利益をはかつてその競争相手である原告の前記リフト建設を妨害せんことを企て、違法建築に名をかり前記各建物の撤去を命じたものであつて、右撤去命令が違法不当のものであることは明らかである。このことは県当局が従来認められてきた山形、宮城両県の県境を原告のリフト工事中である昭和三八年七、八月頃突然変更し、原告のリフト工事の中止を命じ、新たに宮城県知事に対して自然公園法に基づき手続をとるよう要求したことに徴しても明らかである。
3 以上のように前記各建物の撤去命令は違法であるから、その代執行のための本件戒告もまた違法というべきである。すなわち、行政代執行法は行政上の義務の履行確保に関する法律であつて、その行政上の義務の発生事由は他の法律に委ねられているものであるところ、本件戒告は被告山形県知事が自然公園法に基づき昭和三九年六月一六日付でなした撤去命令を実施するためのものであるから、右撤去命令が違法であり取り消さるべきものである以上、本件戒告もまた違法であり取り消されるべきものである。
三 そこで、原告は、昭和三九年七月一〇日被告厚生大臣に対し、本件戒告の取消しを求める旨の審査請求をしたところ、同被告は、同年一二月二一日付をもつて右審査請求を却下する旨の裁決(以下「本件裁決」という。)をし、本件裁決は同月二六日原告に送達されたが、その理由とするところは、本件戒告は、被告山形県知事が行政代執行法三条一項の規定に基づき行つた単なる通知行為であつて行政不服審査法四条一項本文にいう処分に該当せず、不服申立ての対象とならない、というにある。
四 しかし右裁決の理由は誤りであり、本件裁決は違法である。すなわち本件戒告は単なる通知行為ではなく、代執行の前提としてなされた法律行為ないし準法律行為的行政処分であつて不服申立ての対象となると解すべきものである。
五 よつて、原告は、本件戒告および本件裁決の取消しを求める。
(被告山形県知事の本案前の主張に対する主張)
一 本件戒告は抗告訴訟の対象となりうる処分である。
1 代執行の戒告は、当該行為のみで完結する独立の行為ではなく一連の行政代執行手続の一環として行われる行為であるから戒告のみを切り離してその法律上の性格を論ずるのは失当である。すなわち、行政代執行を行うには、相当の履行期限を定めその期限までに履行がなされないときは代執行をなすべき旨をあらかじめ文書で戒告し、かつ、指定の期限までにその義務を履行しないときは代執行令書を発付することができるのであるから、戒告は代執行の不可欠の要件ということができる。もつとも緊急の場合には戒告および代執行令書による通知の手続を要しないとの定めがあるが、これはあくまでも例外であり、かつ、代執行令書発付の通知が行政処分であることは争いがないから右結論には関係がない。してみれば戒告は後に行わるべき代執行と一体の行為として取消訴訟の対象となるべきものである。行政事件訴訟法三条は、処分の取消しの訴えの対象を「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」と定めているのであつて、行政庁の権力行為のみならず、類似の行為もまた、行政庁の一方的行為である限り取消訴訟の目的となしうると解することができる。
2 代執行をなした被告山形県知事も本件戒告を行政不服審査法による審査請求の対象となりうるものと解していたことは、本件戒告についてこの処分を受け取つた日の翌日から起算して六〇日以内に厚生大臣に対し行政不服審査法による審査請求をなすことができる旨を付記していることからみても明らかである。原告としては、右記載を信頼して本件戒告につき行政不服審査法により救済を求めうるものと考えたことは当然である。しかるに被告山形県知事が今日代執行は行政訴訟の対象となる行政処分ではないとして争うことはいわゆる禁反言の法理に照らし許されるべきことではない。
なお、行政不服審査法一八条は、処分庁が誤つた教示をした場合の救済規定であるが、審査請求をすることができない処分であるのに誤つて審査請求をすることができる旨を教示した場合についてはふれるところがないので、その実体的効力については、禁反言の原則により被告山形県知事との関係においては審査請求の対象となりうる処分と解すべきものである。のみならず被告厚生大臣としても、行政庁の言動に対する原告の信頼が保護されるように本件戒告をもつて行政不服審査の対象となりうるものと解すべきである。
(被告らの本案前の主張に対する主張)
被告らが本案前の主張において主張する事実はすべて認める。しかし、本件各訴えの利益については、行政事件訴訟法九条が「裁決の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者(処分又は裁決の効果が期間の経過その他の理由によりなくなつた後においてもなお処分又は裁決の取消しによつて回復すべき法律上の利益を有する者を含む。)に限り、提記することができる。」と規定する結果、前記各建物に対する代執行が完了しても、裁決の取消しあるいは戒告の取消しを求める法律上の利益はなお存するものと解すべきである。すなわち、
1 行政代執行法によれば、行政代執行は、(1)相当の期限を定め、その期限までに履行がなされないときは代執行をなすべき旨をあらかじめ文書で戒告し、(2)義務者が戒告を受けて指定の期限までにその義務を履行しないときは代執行令書をもつて通知し、(3)代執行をなし、(4)代執行に要した費用の徴収について費用の額および納期日を定め義務者に対し文書をもつてその納付を命じ(5)右費用を国税滞納処分の例により徴収するという一連の手続をふむのであり、本件代執行の場合も右の手続によつている。したがつて、被告山形県知事が昭和三九年九月一六日前記各建物の撤去を行つたことによつて行政代執行手続の全部が終了したのではなく、そのあと費用徴収手続が残つており、原告は代執行費用について現在まで費用を納付しておらず、被告山形県知事は納付命令を発してはいるが、滞納処分等の手続はいまだ行つていない。それ故、もし本件戒告が取り消されれば原告は費用の徴収を免れることができるほか、違法な代執行によつてこうむつた損害の賠償請求権を行使することができるのである。したがつて、この点において本件各訴えは行政事件訴訟法九条にいわゆる回復すべき法律上の利益を有する場合にあたるものというべきであるから、取消しを訴求する利益があるものといわねばならない。いいかえれば、代執行費用の徴収は、行政代執行法二条が、当該行政庁は自ら義務者のなすべき行為をなし又は第三者をしてこれをなさしめその費用を義務者から徴収することができる、と規定するごとく、代執行があつたときは必らずその費用を徴収しなければならないものであつて、本件戒告を含む行政代執行手続の最後の手続となるものである。およそ代執行は同法所定の一連の手続を経由してはじめて終了するものであるから、個々の手続についてそれぞれ救済手段が許されているとしてもその一体性を否定することはできない。一連の手続はそれぞれ相互に関連するものであるから戒告ないし代執行令書発付の通知が違法であり、取り消さるべきものであるときは、当然費用納付義務も発生しないのである。したがつて代執行費用納付義務の存否が確定しない限り、本件各訴えの利益はなお存するものということができる。
2 また、前記各建物の取り壊し後であつても、原告は将来の不利益を回避する利益を得るために本件戒告および本件裁決の取消しを訴求する利益を有する。すなわち、本件各建物の所在する地域は山形営林署長の管理にかかる国有林であるため、前記各建物の取壊し後の昭和三九年九月頃、国は原告に対し建物の再築等を禁止する仮処分命令を山形地方裁判所に申請し、右事件は同月二二日和解の成立により終了したが、なお原告の本案の権利については確定していないのみならず、被告山形県知事との関係においては未だ争訟は提起されていないのであるから、本件戒告の取消しによつて将来予想される仮処分命令等の紛争を避ける利益は残存するというべきである。
第三被告らの主張
一 被告山形県知事の本案前の主張
本件戒告は抗告訴訟の対象となる行政処分ではない。すなわち、行政代執行法による代執行の戒告は、同法二条所定の義務者に対し、その義務の履行を催告する通知行為にすぎず代執行令書発付処分の単なる前提要件であつて、代執行令書発付処分によつてはじめて行政庁は、代執行権限を取得し、処分の相手方は代執行受忍義務を負うのであつて、代執行の戒告は、それ自体としては相手方に対しすでに負つている義務以外に別個の新たな義務を課し、もしくは相手方の具体的な権利義務を直接変動せしめるものではない。また、行政庁は、代執行令書を発するについては、同法二条所定の他の手段によつて履行を確保することが困難であり、かつ、その不履行を放置することが著るしく公益に反する等の要件を審査して令書発付の適否を決すべきものであるから、代執行の戒告があるからといつて当然に代執行令書発付処分をすることができるという関係にはない。
二 被告らの本案前の主張
本件各訴えは法律上の利益を有しない。
すなわち、被告山形県知事は、原告に対し、昭和三九年七月一日付で行政代執行法三条一項に基づき原告主張の物件を原告が同月七日までに撤去しないときは、被告山形県知事において代執行を行う旨本件戒告をしたが、指定期限までにその義務を履行しないので、同被告は、原告に対し、代執行令書を交付し、同年九月一六日、前記物件につき撤去の執行を終了した。したがつて、仮に本件戒告が、行政不服審査法四条一項にいう「処分」に該当し不服審査の対象となるとしても、あるいはまた行政事件訴訟の対象となる「行政庁の処分」であるとしても、上記のとおり代執行の手続が終了したのちはその取消しを求める法律上の利益を失つたというべきである。けだし、行政代執行法には、戒告、代執行令書発付の通知、代執行および費用の徴収の四つが規定されているが、前三者と費用の徴収とはその法律的性格を異にする。すなわち、戒告、代執行令書発付の通知は、代執行行為を終局の目的としてなされる一連の手続を構成する行為であるが、費用の徴収は、代執行行為に附随する別個の後続的手続にすぎないのであつて、代執行行為を終局的目的とする一連の手続を構成する行為に包含されるものではない。したがつて、本件においては費用の納付命令があつたのみでその徴収手続はいまだ完了していないが、かように費用徴収手続が完了していなくとも、戒告および代執行令書発付の通知は、代執行行為の完了後は、その目的を終了し、もはやこれを争訟の対象とする意味を失つたものといわざるをえない。
ところで、行政事件訴訟法九条は、処分等の効果がなくなつた後においてもなお処分等の取消しによつて回復すべき法律上の利益を有する者に原告適格を認めているが、これは取消訴訟が現に原告のこうむつている権利利益の侵害に対する救済を目的とするものである以上、処分等の本来の効力が失効した後においてもその処分等の取消しを求めなければ回復できないような権利、利益が残存するかぎりその取消しを求める訴えの利益を認めようとする趣旨のものである。したがつて失効した処分等の取消しを求めなくとも他の方法により救済の得られる場合には、かかる訴えの利益が認められるものでないことは、いうまでもない。これを費用の徴収についてみるに、行政代執行の費用の納付義務およびその額は、義務者に対する文書による納付命令により確定するものであり、そして右納付命令は、前述の如く、代執行行為に附随する後続的手続であるとはいえ、代執行に要した費用の納付義務を課するものであるから、当然戒告その他代執行行為に至るまでの手続についての違法性を承継し、納付義務あるいは、その額に不服のある者は、直接納付命令の取消しを求めれば足り、戒告が取り消されなければ費用の納付義務についての救済が得られないこととなるものではない(因みに原告は、現に被告厚生大臣に対し、被告山形県知事のなした費用の納付命令の取消しを求めて行政不服審査の申立てをしている。)。それゆえ、本件において、いまだ費用の徴収が完了していないからといつて、すでに目的を達して失効した本件戒告の取消し、あるいは本件裁決の取消しを求める訴えの利益がなお存するとはいえない。なお、違法な代執行による国家賠償を請求しうる利益が右法条にいう「回復すべき法律上の利益」に該当しないことは、かかる請求が処分の取消しの有無にかかわりのないことに徴し明らかなところである。
三 被告らの本案に対する答弁
1 請求原因第一項の事実は認める。
2 同第二項の事実および主張は争う。
イ 前記各建物の撤去命令になんらの瑕疵もない。すなわち、前記各建物の所在していた地域は昭和三八年八月八日蔵王国定公園に指定され、同時に特別保護地区に指定された。したがつて、同地区内における工作物の新築については、原則として県知事の許可を受けなければならず、ただ前記指定の際すでに着手していた行為は、この限りでないこととなつている。原告は、前記各建物の新築について、被告山形県知事の右許可を受けておらず、また、特別保護地区指定の際にはまだ新築工事に着工していなかつたのであるから、前記各建物の新築は自然公園法一八条三項の規定に違反する行為である。よつて、被告山形県知事は、同法二一条に基づき公園の保護のために必要があると認めて前記各建物の撤去を命じたのであつて、右撤去命令にはなんらの瑕疵もない。
ロ 前記各建物の撤去命令の違法は、その代執行のための本件戒告に承継されない。すなわち、自然公園法二一条による建物撤去命令とその代執行のための戒告とは、別個の手続に属する別個の行政処分である。したがつて、右撤去命令の違法が当然に本件戒告の違法を招来するものではない。
3 同第三項の事実は認める。
4 同第四項の主張は争う。
(被告厚生大臣の主張)
行政代執行法による代執行の戒告は、行政不服審査法にいう処分に該当しない(この理由は、被告山形県知事の本案前の答弁理由と同じである。)。したがつて、右の理由で原告の審査請求を却下した本件裁決にはなんらの違法もない。
第四証拠関係<省略>
理由
一 まず被告山形県知事の本案前の主張(第三、一)について判断する。
行政代執行法は、同法二条の要件を充たすとき、すなわち法律により直接に命ぜられ、又は法律に基づき行政庁により命ぜられた行為について義務者がこれを履行しない場合で、他の手段によつてその履行を確保することが困難であり、かつその不履行を放置することが著しく公益に反すると認められるときは、当該行政庁は代執行をなしうるが、非常の場合又は危険切迫の場合において、当該行為の急速な実施について緊急の必要があり、手続をとる暇がない場合のほか、代執行に先立ち「相当の履行期限を定め、その期限までに履行がなされないときは、代執行をなすべき旨を予め文書で戒告しなければならない。」(三条一項)とし、さらに「右の戒告をうけて、指定の期限までにその義務を履行しないときは、当該行政庁は、代執行令書をもつて、代執行をなすべき時期、代執行のために派遣する執行責任者の氏名および代執行に要する費用の概算による見積額を義務者に通知する。」(三条二項)ことを要することにしており、その趣旨とするところは、代執行の段階に入れば多くの場合直ちに執行が終了し、救済の実を挙げえないことにかんがみ、緊急の必要がある場合は格別、原則として、上記戒告等の手続を代執行に先行させることによつて、行政代執行手続の慎重を期するとともに、義務者の権利の救済を保障しようとするにあると考えられる。そうであるとするならば、当該行政庁は上記の戒告をなすに当つては、まず同法二条の要件の存否を判断し、その要件を充たすときに限つてこれをなしうるものというべく(文理上も行政代執行法二条が三条二項にのみ係るものと解すべき理由はない。)、したがつて、右の戒告は、単に代執行又は代執行令書発付の手続上の前提要件として義務の履行を催告する通知行為にすぎないものではなく、後に続く代執行と一体となつて、義務者において戒告に指定された期限までに義務を履行しないときは代執行も実施すべき旨の意思を表示するものであるから、いわゆる行政処分に準ずるものとして、これに対し抗告訴訟を提起することができると解するを相当とする(もつとも行政下命は当然には命令の内容を権力的に強制しうるものではなく、行政強制には別個の法の根拠を必要とし、戒告は、その別個の法根拠である行政代執行法に基づく代執行手続の一環をなすにすぎないものであるから、下命行為の違法は、直ちに戒告の違法を招来するものではなく、その間にいわゆる違法の承継はないものと解すべく、したがつて、戒告自体の違法を理由とするときに限つてこれに対する不服の申立ておよび抗告訴訟が許されると解するを相当とする。)。
被告山形県知事は、代執行の戒告は、それ自体としては相手方に対しすでに負つている義務以外に別個の新たな義務を課しもしくは相手方の具体的な権利義務を直接変動せしめるものではないから抗告訴訟の対象となる行政処分ではないと主張するが、すでに述べたように、代執行の戒告は、後に続く代執行との一体的行為であるから、これを代執行と切り離してその性質を論ずるのは正当ではない。したがつて被告山形県知事の右本案前の主張は失当というべきである。
二 よつて、つぎに被告らの本案前の主張(第三、二)について判断する。
被告山形県知事が代執行令書発付の通知を経て、代執行の実施を完了したこと、同被告がその費用の納付命令を発したが、原告がこれに従わないため、いまだ費用徴収手続が完了していないことおよび被告厚生大臣が本件戒告を行政不服審査の対象となりえないものとして原告の審査請求を却下する旨の本件裁決をしたことは当事者間に争いがない。
ところで、前示のとおり、本件戒告に対しては行政不服審査法にいう不服審査の申立ておよび行政事件訴訟法による抗告訴訟の提起を許すべきであるから、本件裁決が本件戒告を行政不服審査の対象となりえないものとして原告の審査請求を却下したのは違法というべきであるが、しかし右のように、すでに代執行令書の発付をみて代執行の実施が完了した以上もはや本件戒告の取消しを求める法律上の利益がないことはもちろん、本件裁決の取消しを求める法律上の利益も失われたものといわなければならない。けだし、本件戒告は、代執行令書発付の通知とともに代執行を終局の目的としてなされる一連の手続を構成する行為であるから、代執行完了後はその目的を終了し、もはやこれを争訟の対象とする意味を失つたものというべく、本件裁決を取り消してみても、結局本件戒告の取消しを求める審査請求は法律上の利益を欠くという理由により却下されることとなるだけのことにすぎないからである。
原告は、代執行が完了しても、まだ費用徴収手続が終了していないから、なお代執行に要した費用の徴収をまぬがれるために本件戒告の取消しおよび本件裁決の取消しを求める法律上の利益を有すると主張する。しかしながら、代執行に要した費用の徴収手続は、戒告に始まり代執行令書の発付の通知を経て代執行の実施により終了する代執行手続に附随するものではあるが、それとは別個の手続である。それゆえ行政代執行法五条に定める費用納付命令は、代執行手続を構成する戒告ないしは代執行令書発付の通知、あるいは代執行そのものとは別個の費用徴収手続上の処分であつて、代執行費用の納付義務はこれによつて代執行手続とは別に具体的に生じ、その額も確定される。したがつて、代執行費用の徴収をまぬがれるためには、直接右納付命令の取消しを求めてその違法を争うことを要し、右納付命令が取り消されない以上、本件戒告又は本件裁決が取り消されても、それによつて原告が代執行費用の徴収をまぬがれうる関係にはないというべきである(前示のように、費用徴収手続は、代執行手続とは別個の手続とはいえ、それに附随する手続であつて、代執行が適法に実施されたことを前提とするものであるから、右納付命令の取消訴訟において代執行手続の違法をも主張することができるというべきであり、上記のように解しても権利の救済に欠けるところはない。)。したがつて、原告の右主張は採用できない。なお、右のほか、原告が本件戒告の取消しおよび本件裁決の取消しによつて回復すべき法律上の利益が存するとして主張するところのものは、いずれもその主張自体に照し単なる事実上の利益にすぎないものであることが明らかであり、「回復すべき法律上の利益」に該当しないというべきであるから右主張も採用の限りでない。
三 そうすると、本件戒告の取消しを求める訴えおよび本件裁決の取消しを求める訴えは、いずれもその利益を欠くものといわなければならない。
よつて、本案についての判断を省略して本件訴えをいずれも却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 杉本良吉 高林克巳 仙田富士夫)